主体性
2008年04月30日
by 鎌谷 律脩
いよいよGWスタート。商業施設の増加と取り巻く経営環境が変化する中、どこまで知恵を絞って、かつ、いかに行動できるかが今後ますます問われると想っています。鎌屋にとっても5月は決算月。事業部の進路や企業統治など、経営課題は目白押しです。
ゆめタウン広島店がオープンして2か月あまり。お陰様で予想を上回る(希望はしていたかな・・)ご来店を頂きました。その影響は当然他の商業施設に波及したようで、客数など数値にも表れているようです。もちろんオーバーストアもあるのでしょうが、その中でも好調なお店があるのはこれまた事実。その差は何なのか? バックヤードや喫煙室などでの会話やつぶやきに、その明暗を分けるであろう要素を聞く事があります。
それは
自分以外の、人や環境のせいにばかりしている。だから、誰かが、もしくは環境が変わって初めてこの状況を打破できるのだとかたくなに信じている他人依存の様子。その上で権利のみを主張し、やたら同調を求めて正当化しようとする様子。
例えば企業戦略 3つの考え方
現状を踏まえ
1・完全なオーバーストア。人口は増えていなので既存店の売上が下がるのはある程度やむを得ない。今は我慢の時。
2・完全なオーバーストア。だからリピート獲得に加え他県(他地域)からの顧客動員などにより底上げを図る時。
3・オーバーストアは何年も前から分かっており既に織り込み済み。次の手を打っており地域NO1を目指す時。
言い換えれば
Ⅰ・現状の流れに身を任せ、主体性がなく他者依存の状態。
Ⅱ・現状の流れを良く把握し、主体的かつ行動的に今の戦略を遂行している状態。
Ⅲ・現状の流れをリードしながら、未来を予想し常に新たなタネをまいている状態。
同じ現状であっても、そのような様子や考え方を目に耳にすると、「あっ、このショップ(会社)、やばいな!(もしくはすごいな!)」って思うことがあります。それは何から来ているのだろうと考えるのですが、やはり良い意味での主体性につきるんだろうなと思います。
例えば1の企業戦略を行っているショップ(会社)はレッドカードをもらう時代なのかも知れない。でもうちのショップ(会社)が無くなったら・・・ なんて普段考えもしないでしょうし、ましてや他人事であれば、無くなることに対する恐怖感なんてわかないのかもしれませんね。ちなみに経営層や雇用調整(リストラ)の経験者は少なからずこの恐怖を味わった事があるのでしょうが・・・
主体性。これは強要できるものではありませんね。ましてや自己の正当性を裏付けるか如く、歪曲した主体性なんて厄介なものもありますから。ただ他人依存や責任転嫁が通用していた時代は、残念ながら?すでに終わっていると想っています。それは競争の少ない時代であるならば、依存や転嫁を受け入れるボリュームも余裕もあったでしょう。しかしこの10年を振り返っても市場環境の激変、たったこの一年を振り返ってみても資源高騰等による経営環境の激変により、受け入れるどころか排除していかないと即退場もありえるでしょう。
各業界、すでに付け入る余地がほとんど無いほど市場環境が激しいのは、すでにみんな知っている事でしょ? それどころか、その激しさは今後増していく事、あなたにも想像できるでしょ?
休憩室でたばこふかしながら「どうせ」や「○○のせい」なんて会話をしている集団から「どんさん(私の事です)はどうなんです?」と聞かれて「ハハハ」としか言えなかった私はまだまだ主体性が足りないのかもしれない。





