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鎌谷律脩の我想ふ!

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卒業、そして旅立ちへ

2015年01月21日| 師匠の教え [20]

by 鎌谷 律脩

わずか半年の間に、手がけた店舗が黒字化するとは誰も予想していなかった。それから約2年間に渡り進められた仕事のレベルや領域は、まさにメジャーリーガー級だったと想う。私にとってのこの2年間は非常に貴重な時間であり、今後の人生を大きく変える学びの2年でもあった。

手がけた店舗のみならず、立地やタイプは違えど赤字のお店は存在しなくなっていた。どのお店も、健康診断でいうならば毎月の血液検査を基に、更なる健康体になるには何をどうすれば良いか、その処方箋がしっかりと出され続けている状態へとなったのだ。

従って、プロジェクトの目的は達成され、あとは継続と発展にどうつなげていくのかが課題であったが、師匠のお役目はそこまでだったので、会社との顧問契約は打ち切られ、ほどなくして、プロジェクト自体も解散となった。

それは、師匠からの卒業を意味していた。

そんな中、私の所に独立して店舗をやらないかというお話しが舞い込んだ。

必要な開業資金は数千万円・・・

当時新婚で貯金など皆無の中、数千万ものお金など用意できるわけがなかった。

しかし私は「はい、やります!」と即答したのである。

この2年間学んだ事を実行していけば、間違いなく成功する自信があったのである。

だが当時はベンチャーという言葉もなく、新規創業はハードルがとても高い時代であった。

しかし成功する、という確信が私の中を支配していたので、ではどうすれば、お金の用意が出来るのか、しか、頭の中になかったのである。

これが後々、未知の世界の扉を開くキーポイントになったのである。

無理、難しい、という思考、選択肢ではなく、どうすれば、達成するためには、というポジティブシンキングに重きを置ける、このロジックが脳に強烈にインプットされたのである。

このロジックを持って旅立てたことが、師匠からの最大の贈り物だったのかもしれない・・・

鎌屋代表 鎌谷律脩

鎌屋代表 鎌谷律脩プロフィール

大阪府箕面市出身。営業や販売など数回転職し、プロのカーレーサーを目指していたり、バーテンダーをやっていた事も。平成4年、ダスキンと日本水産のジョイントベンチャー(株)どんに入社。タスクフォース、スーパーインテンデントなどを歴任し、平成9年に独立。(有)鎌屋を設立し、どんのフランチャイジーとして広島市内に店舗展開。

平成15年に新規事業部を立ち上げ、今後はこれまでの店舗、運営ノウハウを活用し、既存事業の深堀を進めていくと同時に新規業態のブランドを立ち上げ展開していく予定。

『とにかく熱い人。でもいつもニコニコしていて、言葉では表現できないけど不思議な力をもっていますよ』
(スタッフ談)

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